見掛け倒しの銀の毛抜き 枕草子と好色五人女に登場する高級美容道具

毛抜きは古来より使われてきた美容道具の一つです。不要な毛を抜き、容姿を整えるための道具ですが、ときにはトゲ抜きとしても用いられました。

古くは二枚貝を使って毛を挟み抜いていました。古代ローマの男性は大浴場で髭を抜いていたといわれますが、その痛みは相当なもので、うめき声が外まで聞こえたと伝わっています。日本でも太古には二枚貝を用いてムダ毛処理をしていた可能性があります。

金属製の毛抜きがいつ頃登場したかは定かではありませんが、青銅器時代にはすでに存在していたとしても不思議ではありません。平安時代には鉄製の毛抜きが貴族の間で広く使われ、主に眉毛を抜くのに用いられていました。眉を剃る小型の剃刀「眉たれ」もありましたが、毛抜きと併用されていたようです。男性は冠や烏帽子からはみ出す毛を抜き、身なりを整えていました。

毛抜きには鉄製のほか、銀製の高級品も存在したことが『枕草子』からわかります。72段「ありがたきもの」(めったにない珍しいもの)には、

「舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。」(舅にほめられる婿。 また、姑に大事にされる嫁。)
に続き、

「毛のよく抜くる銀の毛抜き。」
と登場します。清少納言は「銀の毛抜きは見た目は美しいが、実際には毛がよく抜けない」と記しています。つまり、立派ではあるものの役に立たないものの例えとして挙げています。

さらに「主そしらぬ従者」(主人の悪口を言わない従者)、「つゆのくせなき、かたち・心ありさま・すぐれ、世にふるほどいささかの疵なき」(欠点が全くない人物)などを「めったにない珍しいもの」と断じています。これらの評価は令和の現代にも通じるもので、『枕草子』の中でもよく引用される段の一つです。

ちなみに「銀の毛抜き」は現代では市販されていないようです。毛抜きやツイーザーは高級品でも5千円程度、普及品は千円程度、100円ショップでも購入できます。もし「銀の毛抜き」を特注すれば数万円はかかるでしょう。やはり「銀の毛抜き」は当時から高級品だったことがうかがえます。

この「銀の毛抜き」は江戸時代前期の浮世草子『好色五人女』(井原西鶴)にも重要な小道具として登場します。「八百屋お七」を題材にした「恋草からげ八百屋物語」(巻四)において、銀の毛抜きが恋のきっかけとなるのです。

物語では、若衆が夕暮れ時に銀の毛抜きで手のトゲを抜こうとするも上手くいかず、お七の母も試しますが失敗します。そこでお七が手伝って抜いてあげると、若衆はお七の手を握りしめました。お七は恋心を抱くようになり、銀の毛抜きを返しに行き二人の関係が深まっていきます。

かの御手をとりて、難儀をたすけ申しけるに、この若衆我をわすれて、自らが手をいたくしめさせ給ふを、はなれがたかれども、母の見給ふをうたてく、是非もなく立ち別れさまに、覚えて毛貫をとりて帰り、又返しにと跡をしたひ、その手を握りかへせば、これよりたがひの思ひとはなりぬる。お七、次第にこがれて、、、

『好色五人女』に登場する銀の毛抜きも、結局は役に立たない高級品として描かれています。これは『枕草子』にある「銀の毛抜き」を踏まえて、西鶴が物語に巧みに取り入れた可能性があります。